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つらつら、ぬらぬら、

おきてがみ

これはストレスが溜まった時、もしくは時間が空いたときに勝手に愚痴を残し、それを勝手に覗いてもらおうってコンセプトのブログです。


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この世自体が不要物なのだろうか

完全に自分本位で考え、空想にふけっているその様子を、
ネットに記述するのもあまりよくないかなーとは思いつつも書いてみる。


くだらないこといろいろ考えつつも、たまには命について考えたりもする。

皆苦労しながら生きている。のほほんとだけ生きるなんてことは普通はできないはずだ。
なぜ人は苦労しながらも生きているのだろうか?
こういわれれば、種を絶やさないためだとかなんとかって言われることは想定できるし、
人類という大きなくくりにとってのメリットは確かにあるだろう。
納得のいく答えと言っていいと思う。

しかし、種を絶やさないためにとはいうものの、自分の死後ヒトという種族が残ることは本当に自分にとってメリットのあることなのだろうか?
そもそも自分にとっての生きるメリットってあるのだろうか?
疑問は泉のごとくわき溢れてくる。

自分が死んでしまうことは、個体からみれば世界の消失で間違いはないはず。
この世の中は所詮人間の脳が”個々”に作り出し見ているに過ぎない。
つまり、その人間が死ぬということはとある世界を1つ失ったに等しい。
自分の世界を失った時、皆が”共有”していると考えているこの世界を保つことに意味があるだろうか。
人類ってそんなに大事な種族なんだろうか。

具体例は挙げないが、人間が行っている他の種への扱いはとりあえずひどい。
とはいうものの、他の頭脳が長けている種がいれば同様のことをするに違いない。
そういう面では人類をひどいというつもりもないのだが、
地球を共有するにあたって頭脳レベルを均一にしなかったのは神と呼ばれる存在の余興だろうか。
さぞかし面白いのだろうな、
全てを征服し、新たなものを創造し、作り上げた全体像を上から眺めるというのは。。
我々が感じるところのありアートでも見ている気分なのかな。

飛行機とかで空から人類の居住空間をみるとこの世界に対して悲しみを抱く。
海外もいろいろといったが、大きな年を空から眺めた感想はいつもおなじ。

墓が密集している

社会は人の大型の墓を作っている。
その墓の中で生きている人間が、生きるために生きる。
そして、自分自身も同じ世界に投入される。
これの繰り返し。
そんな人間界に価値を見出すことは自分では難しい。
自殺者の気持ちも理解できないことはない。
ある意味、あるべき場所に帰ったーそんな気さえするのだから。

なんだかんだいっても命は大事ってことで、そこは大切にしてもらいたい。
どんな世界でも楽しみはある。
たとえ地獄だって楽しそうにしている人間ってのはいるんだろう。
ここは地獄に比べればきっと楽しさにあふれている場所だ。



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ぽんてゅ
年齢:
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性別:
男性
誕生日:
1985/09/27
趣味:
妄想・空想
自己紹介:
アニメは日本の誇る文化であることはいまさら言う必要すら感じない。
現実に起こりそうだけど、おこることがない。。そんなシチュエーションを形にしているアニメはいいですね。

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